〜目指すもの〜 <スネイク・ショット>

海堂さんが真っ直ぐに打つ!
俺はネットに詰めてボレーをする!

今度は左! 素早く横に動いて向こうのコートに返す!
そして次の打球は…後ろっ!

「たぁっ!!」

必死で足を動かして俺はこれも返した。

試合開始から数分、得点は0対0。
東京に来て初めての俺の練習試合はこんな具合にラリーの応酬だった。

元々こっちは青学のレギュラー相手にたやすく攻め込めるとは
思っていないが、不思議なことに向こうもこっちに対して
なかなか攻め込んでこない。

甘く見られているのか、それとも…

「チッ!」

海堂さんが苛立ったように舌打ちしてラケットを振るった。
球はかなり後ろ、ベースラインまで飛んでいく。

「うげッ!!」

ヤバい、間に合うか?! 俺は足を最大限にシャコシャコと動かした。

パーン

不動峰、青学両ベンチからおぉ、という声が上がった。

「ひえぇ、こわぁ〜」

何とか打ち返した後、俺は呟いた。しかしホッとしている暇はない。
今度はコーナーをついて球が飛んでくる!
俺は危うく叫びそうになるのをこらえてこれも返した。

一瞬、海堂さんが眉をひそめたのが見えた。
もしかしたらどこに打っても返されるせいだろうか。

「案外やりやがるな。」

…?
俺がその呟きに問い返す暇もなく海堂さんが動いた。
俺の打球を返した後、ベースラインまで移動している。

何故あんな後ろまで下がるのか、答えは俺が海堂さんの球を返した後に出た。

海堂さんが地面をしっかりふんばる。
そして長い腕を下から上へと振り上げる!

一体何を…!?

そう思うか思わないかのうちに海堂さんが腕を振りぬいたその時、

シャオッ!

「えっ…?」

何が起こったのか認識できずに俺は一瞬動きを止めてしまう。
その隙を突くかのように球は縦に急な放物線を描き、

バシィッ!!

バウンドした。

「フィフティーン・ラブ!」
「やったぁーっ、『スネイク』が決まったぁっ!!!」

審判が点数を告げ、青学ベンチから歓声が上がる。
俺は球が飛んでいった後ろの方をただただ呆然として見つめていた。

(あれが神尾さんの言うてたスネイクか、確かに蛇みたいな動きやったな。
せやけど…)

俺はラケットのグリップをギュッと握り締めた。

(あんなもん、どないして返したらええねん?!)

ふと海堂さんのほうを見れば、この人はフシュゥゥゥと息を
漏らしながら俺をじっと見据えていた。

絶対にしとめてやる。

その目がそう言っているのは明白だ。次はきっと猛烈に攻められる。
考えた瞬間、背中に冷たいものが走った。



案の定、最初の一噛みの後、海堂さんの牙は次々と俺に突き刺さった。

シャオッ!!

「らぁっ!」

ドゴォッ ズザザザッ!

「サーティー・ラブ!」

シャオォッ!!

「くっ…!」

ダダダダッ バシィッ

「フォーティー・ラブ!」
「ハアッ、ハアッ…」
「俺に喧嘩売った売りやがった割には…その程度か。」

連続して打たれるスネイクに対応できずに肩で息をする
俺に海堂さんがネット越しに言った。

「実力もねぇくせにデカイこと言ってんじゃねぇぞ、コラ。」

グッ…。きついその言葉に反撃することも出来ずに俺は歯噛みした。
確かに後1点で海堂さんにまず1ゲーム先取されてしまう。
しかも、このままスネイクに対応できないようでは
結局何も出来ないままこの試合は終わるのだ。
でも…

「まだわからへん…」

誰にも聞こえない声で俺は呟き、ラケットを構えなおした。
そう、まだわからない。何故なら俺はまだ諦めてはいないのだから。
俺はふと、不動峰のベンチを見た。

神尾さんが悔しそうに歯噛みをしていた。
伊武さんはラケットのフレームでボールトスをしながら無表情を保っていた。
石田さんは険しい顔をし、内村さんはキャップの奥で呆然とした目をしていた。
森さんと桜井さんはひたすら心配そうな視線を俺に送っていた。

最後に俺は部長を見た。

部長は…少しも顔色を変えていなかった。
それどころか、俺が見ているのに気がつくと小さく頷いた。

「ハハ…」

やっぱりな、そーやと思たわ。俺の中に何かが湧き上がった。
次の瞬間、俺は向こうのコートを海堂さんを真っ直ぐ見つめていた。

「海堂さん、」

広いコートに俺の声がはっきりと響く。

「俺はまだまだこれからです。」

海堂さんは眉根を寄せた。

「てめぇ自分の言っていることがわかってんのか?」
「そらもー十二分に。」
「フン。」

海堂さんは馬鹿馬鹿しいと言いたげに鼻を鳴らした。

「なら、やってみろ…!!」

海堂さんのサーブが打ち込まれた!
俺はすかさずボレーでそれを返す! そして海堂さんが動く!

(来る…!スネイクや!!)

その時の俺の頭はもし海堂さんがスネイクと見せかけて
他のショットを打ってくる可能性のことなどまるっきり考えていなかった。
ひたすら、あれを打ち返さないと、とそればかり考えていた。
そして、幸いにして俺の予想は当たった。

シャオォォッ!!

「『スネイク』だっ!」

青学ベンチで誰かが叫んだのを合図に、俺は地面を思いっきり蹴っ飛ばした。

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
『おぉっ?!』

無我夢中で打球に向かってダッシュした俺に驚いた観衆が声を上げる。
そんなことには構わず俺はラケットを振り上げた。
…行ける! これやったら!!

「らあぁぁぁっ!!」

バシィッ!!!

「フォーティー・フィフティーン!!」

審判の声に観衆がどよめいた。

「すげぇっ、あいつ、さっきまで返せなかったスネイク返しやがった!」
「マジかよ、信じらんねぇ。」

主に青学ベンチから口々に色々なことを言っているのが聞こえる。

「ハアッ…ハアッ…」

俺は無意識のうちにしていた緊張のせいでまた肩で息をしながら
そっと頭を上げた。
海堂さんが俺を見ている。

始めは、信じられないものを見るようなやや呆然とした目つきだった。
だが息をしながらも俺が彼から目を逸らさないのを見て取ると、
その目はたちまちのうちに力がこもった。

「おい。」
「は、はい。」

話しかけられると思っていなかった俺は少々調子が狂った変な声で
答えてしまった。

「てめぇ、名前は?」
です。」

俺が言うと海堂さんは背を向けながらか、と口の中で
繰り返すと顔は動かさずに目だけこっちに向けた。

「…前に、どこかで会ってねぇか?」
「??? いえ、全然覚えありませんけど…」

唐突な質問に俺は首をかしげた。
海堂さんはそんならまあいい、と呟いてこう続けた。

、てめぇが口先だけの奴じゃねぇことはわかった。今度は本気で行く。」

海堂さんの足元の地面がザリッと何かを暗示するかのような音を立てた。

「…覚悟しておけ。」

その背中からは闘気がほとばしっていて、俺はこの先無傷では
済まへんやろな、とボンヤリと思った。



シャオォッ!!

「何のォッ!!」

バシッ

俺は海堂さんのスネイクを打ち返す!
海堂さんはすかさずまたスネイクを打つ!
俺はまたそれを返す。
また来た。俺はそれも返しに走る。…きりがない。

何度も向けられる牙をはじき返しながら俺は嫌な予感がしていた。
どう考えてもこれじゃイタチごっこ、それは向こうにもわかっているはずなのに
何故…

『人の体力ジワジワ削っていたぶるヤな野郎だよ、正にマムシだな!』

試合前の神尾さんの声がよみがえる。

「!!!」

…しまった!何で早よ気づかんかったんや!!
俺は今更になって自分の鈍感さを呪った。
しかし、もう遅い。

「うっ…!!」

一瞬、体がうまく動かなくなったのを感じたその隙を海堂さんが
逃すはずもなく…

バシィッ!!

「ゲーム、青学海堂、1ゲームトゥラブ!!」

ドクンッ

審判のコールを聞いた瞬間、俺の中で何かが大きく脈打った。

あ… あかん…何か嫌なこと…思い出しそうや…

その時、俺の意識が暗転した。

To be continued...


作者の後書き(戯言とも言う)

やっとこさ試合シーン開始…なのはいいけれど、
なんだか書いているうちに海堂ドリームじゃなくなってる気がするのは
気のせいでしょうか。(気のせいやと思いたい-""-)

今回はTV版のサントラを聞きながら書きました。
こういう時アニメのサントラは便利ですね、
書きたいシーンのインスピレーションがうまく湧いてくるので。

さて、今回意識が途切れちゃった主人公、次はその内面で何かが起きます。

具体的なことはその時までのお楽しみ…。

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